Aug 18, 2010
家族旅行での卒業旅行
大学の当主を離れて学生生活を送った人も多いでしょう。卒業旅行といえば、大学の友人との旅行が一般的ですが、日頃の感謝を込めて、家族と一緒に卒業旅行に出かけるのも、家族のかけがえのない思い出となるでしょう。就職をすると忙しくなるので、なかなか家族と一緒に旅を楽しむことができなくなりますので、必ず素敵な家族の思い出になるでしょう。国内旅行の人気地は、沖縄です。沖縄は国内最高のきれいなビーチがたくさんあるので、マリンスポーツを存分に楽しむことができます。国内旅行沖縄に行く時は旅行会社のツアーパックを利用するのが良いかと思います。ツアーパック宿泊施設、飛行機代のセットになっており、旅行会社で予約手続きを行ってくれるので非常に楽に旅を楽しむことができます。
筆者はドイツ在住の日本人ということで、ドイツ人から東日本大震災向け義援金の相談をよく受ける。加えて、両親が宮城県在住のため義援金送り先の情報に詳しいと思われるようだが、実際のところ特別なことを知っているわけではない。
【松田雅央の時事日想:フランス・ナンシーで行われた日・独・仏の国際チャリティーコンサート】
身近な送り先として、まずドイツ赤十字社やユニセフといった組織を勧めるが、どうしても日本へ直接送りたいという声が強い。それならばと、日本の自治体が設けている義援金口座を紹介するのだが、「困っているところへ直に渡したい」と言われるから困ってしまう。
ドイツでも義援金の申し出は大変多いが、海外からのことゆえその気持ちを被災者へ届けるのは一苦労だ。送る側と受け取る側のミスマッチは、解消できないのだろうか。
●被災写真を見て納得
震災が起きて、1カ月後のこと。知り合いの日本人音楽家2人がフランクフルト近郊の町の教会でチャリティーコンサートを開催した。音楽家がホームステイしているドイツ人家庭の助けもあり、地元教会組織のバックアップを得ることができた。
ただし条件が1つ。コンサート前に義援金の送り先をはっきり決めなければならないというのだ。もし信用できる団体が主催するチャリティーコンサートであれば「被災地の学校へ寄付」といった大まかな決め方でもいいのだろうが、個人開催であり、信用性の問題からあらかじめ詳細を決めたかったようだ。
ここ数年、義援金の送り先を吟味する市民の意識は強くなっている。2004年のスマトラ島沖地震の際も巨額の義援金が集まったが、義援金の詐欺や着服といった一部の心ない行為が発覚し市民を落胆させた。著名な国際組織なら信用性に問題はないが、今度は「組織の運営費や人件費が膨大なため、被災者の手に届く分はわずか」という実態が明らかになり、義援金を被災者へ直接渡したいという意識が強まった。このチャリティーコンサートでも「組織の手を経るのではなく直接に」というのが神父の意向であった。
さあ、それからが一苦労。コンサート直前になっても義援金の送り先が見つからない。音楽家の出身が栃木県だったこともあり、あまり報道されない栃木の被災地に送ろうということになったが、さてどこへ送ればいいものか。「センダイ」「フクシマ」といった名称は海外でも繰り返し報道されるため送り先として納得させやすいが、栃木に関する報道はほとんどないからその点の難しさもある。
結局、音楽家の知り合いから「栃木で伝統工芸の焼き物工房を開いている米国人がいる」という話を聞きそこへ連絡。相手方は「焼き物の釜が崩れてしまい、復旧資金のめどがつかないからありがたい」と涙ながらに喜んでくれた。
これならば、と神父に相談したが「送り先が個人では……」と納得いかない様子。最後の決め手になったのは被災写真だった。その工房はたまたまWebサイトに壊れた釜や倒れた陳列棚の写真を載せていたため、これをコピーして神父に見せると態度は一変。「これならぜひ!」となった。
コンサートの観客は約30人と思ったほどの客入りはなかったが、計1000ユーロ(約11万7000円)の義援金が集まり驚かされた。中には1人で250ユーロ(約3万円)寄付する人もいて、ドイツ人の気持ちに感謝したものだ。
●浮き彫りになる問題
さて、この話から抽出できる問題点は何か。
この工房はWebサイトを運営し被災の様子を自ら発信していたからこそ、義援金を受け取ることができた。例えば津波で建物ごと流されていたなら情報発信さえままならなかったはずで、そういった甚大な被害を受けた被災者をどう拾い上げるかが問題だ。日本国内ならまだしも、海外で入手できる情報は限られ、どうしてもメディアへの露出が大きい大都市へ義援金が集中する。
また、寄付する側は義援金が「どのように使われたか」「何が作られたか」「何を購入したか」という後日情報を欲している。復旧に必死な被災者に対してそれを期待するのは酷だと思うが、これが現実であり、その思いを無視するわけにもいかない。
ここで活躍が期待されるのは被災地の実情を把握しながら活動している市民団体。しかしこれも海外からのニーズには対応しきれていない。
まず外国語、少なくとも英語に対応している市民団体が少ない。Webサイトの英語表記、英語で対応可能なスタッフの用意、海外からの送金方法といった情報は最低限必要だが、組織が小さくなればなるほど難しいだろう。
また前述のケースで求められるような「義援金を送りたい側と受け取る側の橋渡し」を純粋に行う市民団体は少ないように思う。それでは市民団体の活動の自由度が縛られるし、活動経費を差し引くことも難しそうだ。
●鍵を握るのは情報発信
逆に日本側から働きかける方法もある。
ドイツだけでも各地に50を下らない日本人会や独日協会があり、かなりの額の義援金が寄せられている。欧州全土ならば200〜300団体はあるだろう。その多くで「義援金は集まるが、どこへ送ればいいのか困っている」のが実態だ。義援金を集めている日本の市民団体は、少なくともそういったところへ連絡を取ってほしい。
情報発信に関してもう一点。日本人として驚かされることだが、海外では一部ではあるが「日本人は義援金を喜んでいない」という話がまことしやかに語られている。
理由の1つは「日本は豊かな国であり、被災者への支援は潤沢で、(個人資産の復興も)国がすべて面倒見てくれる」というもの。それが事実であればどれだけ助かることか……。
もう1つは「日本人は誇り高い民族なので、海外からの支援を受けたがらない」というもの。日本をよく旅行する知日派のドイツ人からこの意見を聞いた時は驚いたし、正直腹が立った。どうしてそうなるのか?
日本人は、相手に心配をかけまいとして大変な状況でも「大丈夫!」ということがある。そこには困った姿を見せたくないという“見栄の意識”も混ざっているが、とにかく実情が正しく伝わらない。日本人同士なら「そうは言っても困っているはず」という“おもんばかり”が働くが、外国人にそんな裏腹の心情を察しろというのは無理な話。そんなコミュニケーションのすれ違いが積み重なって、義援金無用論が一人歩きしてまう。
困っている時は、国際的な誤解のないよう率直にそう表現したいものだ。
【松田雅央,Business Media 誠】
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