Sep 10, 2010

手形割引はお断りしています。

手形の割引をしないようにしている。手形割引をしてしまうと、金利がとられてしまうからだ。割引期間も短く、金額も小さい場合が多いので、銀行にお願いされるとしていたが、先日、決算での支払利息割引料の記述を見て驚いた。チリも積もって山になったからだ。そのことは、手形割引は断っている。
外貨預金や投資信託などの資産運用を経験した私は、現在のFXの基本的な投資をしています。基本はデイトレードで短期投資は、資金に余裕が出てくれば、中期の投資も手掛けよか検討しています。いきなり初心者が儲かるような仕組み投資することなく当然、リスクを背負っているが、それに合わせ、収益も含まれているため、経験のない方は、証券会社が運営されているデモトレードで初めてみてはいかがでしょうか? FXの勉強をきちんと実施従事する場合、結果が予想されるものと確信しています。
 16日夜の五山送り火で東日本大震災の津波で倒れた岩手県陸前高田市のマツを使用する計画をめぐり、二転三転した京都市の対応に多数の批判が寄せられた。宗教行事への行政の関与や、風評被害防止と市民の不安解消の両立に難しい課題が突きつけられたと言え、今後の災害ごみの受け入れにも波紋を広げる結果となった。
 発端となった大文字保存会(左京区)の被災マツの使用を中止する決定に、市は保存会へ強くは再考を求めなかった。地域主体の宗教行事で、「市が口を挟む問題ではない」との判断だった。ある市幹部は「たとえ放射性物質が検出されなくても、政教分離の原則を考えれば口を出せなかった」と振り返る。
 しかし、世論は違っていた。「京都のイメージダウンだ」「もう京都旅行には行かない」との電話が鳴りやまず、市は追い込まれた。対応を所管の文化財保護課から市長直属の市長公室に移し、善後策を検討。9日、被災マツを販売する福井県のNPO法人に連絡し、五山で燃やす計画を市主導で進めた。
□プラン準備不足
 しかし、急ごしらえのプランはすべてが準備不足だった。検査会社が12日から盆休みに入るため、薪(まき)は11日中に市内に到着させる必要があり、屋外に置かれていた薪の表皮を削る時間もなかった。
 10日夕に薪を積んだトラックが現地を出た。同日午前、岩手県は陸前高田市のがれきから放射性セシウムを検出したと発表したが、市は当初これを把握していなかった。NPO法人代表は「検出のニュースを聞き不安だったのだが、とにかく市は急いでいた」と話す。
 市は、放射性物質が出れば再び計画を中止にすることは決めていた。そうなれば新たな風評被害を生むことが容易に想像できたが、庁内では「200キロ離れた場所で放射能は出ない」と楽観論が支配的だった。
 結局、薪から1キロ当たり1130ベクレルの放射性セシウムが検出された。国には焼却時の基準がなく、自治体で初めて焼却基準を決めた山形県の基準は「200ベクレル」。同県では設備の整った焼却場でさえこの薪を燃やせないと市は知っていた。門川大作市長は「市が安全性を判断できない以上、判断を保存会任せにできなかった」と中止を即決した。
□提案していれば
 だが、専門家から「安全」との指摘も出されるなど中止決定をめぐり評価が分かれ、再び賛否両論の意見が市に殺到した。
 市は5月に被災地のごみのうち、年5万トン受け入れる方針を示したが、すでに600件を超える苦情も寄せられている。市担当者は「ごみ受け入れの対応でも注目されるだろうし、判断が難しくなった」と嘆く。
 門川市長は17日、市役所で「最初から保存会に『五山で燃やしましょう』と提案していれば、別の結果になったかもしれない」と話した。

 高崎市庁舎で8月12日から、高崎市と森永製菓の歴史を振り返るパネル展「高崎市と森永製菓110年のあゆみ」が開催されている。(高崎前橋経済新聞)

【画像】 太一郎氏が引いていた箱車

 昨年、市制110周年を迎えた高崎。今年8月には、キリンビール高崎工場跡地(高崎市宮前町)で待望の森永製菓(高崎森永)が本格的な生産を開始した。

 森永製菓の歴史は1899(明治32)年、森永太一郎氏による森永西洋菓子製造所設立に始まる。1905(明治38)年には1986(昭和61)年まで使われた倒立する「エンゼルマーク」の初代が作られた。

 森永製菓の設立は1912(大正元)年。森永製菓の看板商品となった「ミルクキャラメル」は会社設立から2年後の1914(大正3)年に発売され、空前の大ヒット商品となった。これに続き、国内初の一貫生産を実現した「ミルクチョコレート」(1918年)、「ミルクココア」(1919年)、「マリービスケット」(1923年)などが発売された。

 パネル展では操業当時、太一郎氏が菓子の見本を入れて引いた「箱車」や、森永製菓設立前の森永商店時代のポスター、発売当初の「ミルクキャラメル」のパッケージなどが見られる。一方の高崎は1936(昭和11)年の「白衣観音建造」や「えびす講祭り」などから歴史を振り返る。

 開催時間は9時〜17時。今月21日まで。


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 いしかわ動物園(能美市、TEL 0761-51-8500)で8月13日、閉園時間を延長し普段見ることができない動物たちの夜の姿を公開する夏恒例イベント「ナイトズー」が始まり、初日は延長時間帯に同日日中の3倍を上回る約3700人が訪れた。(金沢経済新聞)

【画像】 トラの「ジャンボ」を見る来園者

 ナイトズーでは、通常17時の閉園時間を21時まで延長する。夏季間は暑さのため、日中の来園者が減少することから、気温が下がる日没後に訪れてもらおうと、毎年開催している。

 今年は作年に引き続き、夜行性のムササビを限定公開した。赤ちゃんの時に保護され、同園職員の手で育てられた2歳の雄と1歳の雌の2匹で、日頃は来園者の目に触れない繁殖棟で飼育されている。夜間は木によじ登ったり、枝から枝へとジャンプしたりする元気な姿が見られるというが、職員がエサのドングリの木の葉やリンゴ、キウイ、バナナなどを皿に入れて与えても、2匹とも眠ったままで、来園者の間からは残念がる声が聞かれた。

 一方、「ネコたちの谷」ゾーンでは、日中はごろごろしていたメスライオンの「エルザ」がエサの馬肉にかじりつき旺盛な食欲を見せ、雌トラの「ジャム」も園舎内を歩き回って来園者を喜ばせた。「アフリカの草原」ゾーンでは、オレンジ色のライトアップ照明の中、アミメキリン2頭が悠然と歩を進め、グレビーシマウマが草を食(は)んでいた。

 園内には露店も軒を連ね、家族連れやカップルらが夏祭り気分を味わった。

 ナイトズーは8月中の土曜・日曜と9月17日・24日、10月8日に実施する。8月20日・21日・27日・28日は浴衣姿での来園者、各日先着200人にかき氷を進呈する。入園は20時まで。入園料は、一般=810円、3歳以上中学生以下=400円、3歳未満無料。


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いしかわ動物園


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